4.施設入居と家族それぞれの思い

立場が違えば思いも違う。
正解も間違いもそこにはありません。
人の《思い》というものは、時に決断を迷いに変えてしまいます。

前の記事からの続きです。
母の思いを誰も知らないまま、母を取り巻く周囲の思いが物事を進めることとなりました。この記事では、実際の介護や支援というものへの向き合い方ではなく、家族の心の問題について書かせていただきたいと思います。

《母のために》と思っているにも関わらず、意見が異なります。
長年共に過ごしてきた夫としての父の思い。
息子に負担をかけたくないという父としての思い。
父の負担を避け、できる限り母が安心できる介護環境を整えたい息子の思い。
一般的に(いわゆる「普通は」)という考え方も含めて、落としどころは見えているのに、自らの思いと折り合いをつけることができないのです。

父の思いです。
想像の域を出ませんが、ともに夫婦となった時誓い合った約束があったのかもしれません。「何があっても二人で頑張ろう」「死ぬまで一緒だ」とそんなプロポーズや約束が二人の心に刻まれていたとしてもおかしくはないのです。
今、認知症を患い、家族の手ではどうしようもない状態であっても、母は父の妻なのです。
自分に置き換えれば、たやすく理解できること。
《大切な人を自分ではなく他人に託す》という選択が簡単にできるはずがないのです。父は自分自身の思いから、頑なに施設への入居を拒み、母と共に生きたいのだと強く願いました。

息子の思いです。
父以外の者たちは、何をすべきかある程度の思いを擦り合わせました。
父がこの先、母の介護することは不可能だと感じています。
私を含め、周りがフォローして支えるにも現状では限界があります。
廊下に手すりを付けたくらいで現状を回避できるものではない。
母だけでなく、精神的に弱っていく父を守らなければという思いが溢れます。
なんとか父を説得しなければと思う反面、他に何か良い方法はと探しますが見つかりません。
この時は、母の事より父に対してどうすべきかを考えながら、認知症となった母の入居可能な施設を訪問して話を聞いて回りました。

頑なな父を説得できないまま、しばらく過ぎ、事態が急変します。
母の新たな認知症状が現れました。

母はアルツハイマー型の認知症。
元は物腰の柔らかいおとなしい人です。
正直、不可解な行動や言動はあるものの、か弱い女性ゆえ、その行動を阻止することが全くできないというわけではありませんでした。
でも、新たに変化した母は、リミッターが切れてしまったように 大きな叫び声をあげ、力強く暴れ、言葉通り《手を付けられない》状態となりました。

一方父は、弱りはて、疲れもピークに達しています。
《心が折れる》とはこのことでしょうか。
「もう駄目だ・・・」
父の悲しい言葉でした。

ただ、これで事は進みます。
一日も早く、精神的肉体的に父を守るために動くことになりました。

これまで訪問した施設のパンフレットを広げ、父と一緒に施設選びがはじまりました。ある程度限られていたので、さほど時間はかかりませんでした。
条件は、
・父が会いに行けるできる限り近いところ。
・明るく優しいスタッフさんがおられるところ。
・母が明るい気分で過ごせるところ。
・そして費用。

いろいろ訪問した際の施設の雰囲気で、ある程度絞り込み、その中で一番近いところで、ということで、有料老人ホームへの入居が決まりました。

なんとか、ここまで来れてほっとしましたが、私たちは肝心な母の《思い》に触れていません。
どうせわからないだろうけれど、父は母に話をするとのことでしたが、今となってはこの時、父は母に話ができたのかどうかわかりません。
先にも書いていますが、父にとってこの決断は、この先、自分を許すことのできない決断でした。それを穏やかに母に伝えることができたとは思えないのです。

そして入居の日はやってきます。

母は、泣きわめき、嫌だと必死に抵抗しました。
大丈夫だから
一緒に行くから
すぐに帰れる
いろんな言葉をかけても、どれも嘘です。
暴れて嫌がる母を見て、正常な状態かもしれない、正常な状態で抵抗しているのかもしれない、 と父は思います。
「やっぱりやめよう」
父が言うのも聞こえないふりをしました。
とてもつらい日でした。



正常な母は、やはり離れたくなかったと思います。
大好きな父と、夫婦の家と。
でも、離れなければ母も父も家族も壊れていたと思います。
ただ、ひとつ思うのは、もし母が正常な意識であったなら、父のこと、自分の病気のこと、私たち息子家族のことを考えてくれていたはずだというのはわかります。
家族のこと一番に考えてきた母ですから。

母が施設に入居してから、父は毎日、母の元を訪れていました。

当時詳しい話は聞いていませんが、母は、父や私たち家族を恨む日々だったようです。
自分を追い出し、隔離した憎い相手が私たち家族です。
息子である主人は、それでいいと言いました。
わたしも、それでいいと思いました。
でも、母に会いに行くことはしばらくありませんでした。
私たちが会いに行くと、母の気持ちが昂ってしまうからです。
毎日、父が会っているなら、私たちは母のために会わずにおこうと思いました。

一方、父とは、週に一度は一緒に食事をし、母の様子を聞いていました。
母の顔色がよくなって、元気そうにしているのを嬉しそうに話してくれていましたが、そんな父もまた、以前より顔色がよく、元気で過ごしてくれていました。

本当の意味で母を入居させたて良かったと、ほっとした瞬間です。
スタッフの方々も仕事ながら親切にしてくださっているようでした。


介護とひとことに行っても、接するのは人。
自分も含めて、すべてが穏やかにというわけにはいかないのも理解しました。
私もいつ母のように、また父のようになるかもわかりません。
どんな状況でも、今どんなに元気でも、いずれはなんらかの形で介護を必要とする立場に身を置くことになります。

今、自分のために生きています。
でも、いずれ訪れるその時の判断は《自分がどうしたいか》ではなく《大切な人を守るために自分はどうするべきか》という気持ちで考えなければならないのだと感じています。
そしてそのことを言葉に出して伝えておかなければ、と思います。

体験から感じた《思い》について書いてきました。
次は、《認知症という病気について 》 お伝えします。